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青空コメントアウト

WEBのこと、デザインのこと、ご飯のこと、趣味のこと。青空の向こうの誰かに届きますように。

コールバック・ナイト

// WEB開発の話 // ためにならない話
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さてお立ち会い。
せっかくだし、ではなくて、特に話すこともないし、今回は僕のクリスマスの話をしようと思う。今となってはいつのクリスマスのことだったか曖昧だし語るに足りないエピソードなのだけれど、そこは語るに落ちるというか、語った結果オチが付いたらラッキーという感じで。

そんなわけで。
以下、回想。


***


朝10時スタートという異例の早朝定例会議によって僕の1週間は始まる。
人事管理システムをつくるメーカーのエンジニアである僕の業務はパソコンに向かってカタカタと開発をすることだけでなく、それを使ってくださるユーザーの運用サポートをしたりお問い合わせに対応したりと実はけっこう多岐にわたるわけで、ユーザー先での定例会議もその一つだ。

弊社のエンジニアの朝はもっと優雅で落ち着いていて朗らかだっつーの、と怠慢の類義語を鏡に向かってつぶやきながら、それでもきちっとネクタイをしめていつもより念入りに髭の剃り残しを確認して家を出るのは、定例会議の場にいるある女性のせいである。手入れのいいロングヘアに節度のあるビジネスカジュアルに身を包んだ彼女は、僕より若く見えて僕よりそつない。人事情シスの中堅に囲まれ紅一点である彼女は怯むことなくテキパキと会議を進行して、野次だか文句だかわからないような発言から課題を抜き出して整理して、その課題を生み出している弊社システムの開発者である僕に華麗に引渡してくれる(もちろん皮肉だ)。

「それでは、これらの課題の対応よろしくお願いします。進捗確認はまた来週に。」

彼女はお決まりのセリフを僕に突きつけ、そして僕の無力感が晒され彼女の優秀っぷりが発揮された定例会議が終わる。なに、いつものことだ。
勝手に負けたような気分になり、勝手に彼女をライバル視するようになってしまうのも虚しいが仕方あるまい。見た目が好みだから尚更だというのも悔しいが仕方あるまい。

新米エンジニアの僕には課題をテンポ悪く潰していくのがやっとで、せめて身なりだけは整えて「これしきの課題は難なくこなしているよ」というフリをするのが精一杯の見栄だ。例え昨日課題が終わらずに先輩に泣きついていたとしても。例え昨日徹夜で作業していたとしても。

それに実を言うと負い目もある。もっと融通の効くシステムならば、もっと高機能なシステムならば、彼女たちの仕事をもっと楽にできるのに。こんなに毎週毎週課題だ何だと苦労と時間をかけさせずに済むのに。まだ自分にはそんな優れたものをつくり出す技量も裁量もない。僕が彼女たちに貢献できることは皆無で、僕が彼女に勝てる日がくる予定は今のところないのが余計に虚しい。

そんなふうに淡々と悶々と(ネチネチととは言うまい)5ヶ月近くが経ち、クリスマス前日にその虚しさに変化が起こった。


***


どこの会社も年末になると人事部はびっくりするくらい多忙を極める。なんせ月末と年末が重なっているわけで、文化祭と体育祭が重なってるみたいなものなのだ(なにこれ)。

そしてその人事部の多忙さに引きずられるのが僕らの仕事だ。やれ設定がうまくいかないだの、やれ計算が合わないだの、やれ入力した値が消えただの、やれ操作方法がわからないだの、やれパソコンの電源が入らないだの……大小様々なトラブルが頻発してその都度僕の携帯が鳴るわけだ。その程度で済めば難易度はEASYなほうで、HARDなほうはというと、まさに今の状況のことだろう。つまりクリスマス前日に人事部の偉い人から電話越しに怒られ呼び出され、広い執務室の一角にパーティションで仕切られて用意された作業スペースに軟禁された状態。ダメ押しにエアコンの暖気が遮られていてやや寒い。
……これはもしかするとHAEDじゃなくて鬼だドンッ。

ちなみに今回の課題はというと、社員の皆様が入力してくださった年調のデータの半分ほどが消え去ったというトラブルで、僕史上最大にヤバイのは言うまでもない。


終電まであと1時間。22時を過ぎるとオフィスの照明が落ちるようで、暗い部屋に一人きりだ。自分の会社でもないのに。ふと例の彼女のことが頭を過ぎったけれど、そつない彼女のことだ。とうに仕事を終えてクリスマスを満喫しているんだろうどうせ。そう思ったらわずかに残っていたやる気も尽きた。むしろマイナス、やる気の借金。
とは言えリプレイスをチラつかせられたら四の五の言わずやるしかないのだけれど。

「あのーお疲れ様です……。お邪魔していいですか」

ほどよく不貞腐れていたところに後ろから声をかけられビクついて、驚きのあまりその声に聞き覚えがあることには気付かなかった。
声の方を振り返ると、パーティションの隙間から身体を半分見せた彼女がいた。傾げた首に艶の良い髪がかかっていて、声を出したまま開きっぱなしの口は口角がちょっとだけ上がっていて。いるはずないと思っていた彼女がそこにいる驚きも去ることながら、初めて見る彼女の表情に思考全部持っていかれた。早い話、見惚れた。
――あ、これ借金帳消しかも。

高鳴りと動揺を隠しつつ、差し入れといって手渡されたほかほかのペットボトルを受け取って「いたんだ」と呟いて気づく、考えとセリフが逆だ。落ち着け、僕。

「まだ仕事が終わらなくて……没頭してたら電気も消されてこんな時間でした。よかったら一緒に息抜きさせてもらおうかと」

そう言ってへへっと子供のような照れ笑いをする彼女は、いつものクールな雰囲気とは随分違っていた。幼く見えるその顔で照れ笑いなんて、それはズルい。そんなギャップは反則だ。
だけどその姿があまりにも自然で、あまりにも彼女の雰囲気にぴったりで、もしかしたらいつもの会議は僕と同じで必死の見栄なのかもしれないなんて思ってしまった。

「こんな時間まで根詰めてたら脳みそ止まっちゃうだろうなと思って。糖分補給は間に合いましたか?」

言われて手の中のペットボトルのラベルを見てみると、カフェオレ。彼女が飲んでるのはブラック。
あ、ということは、ここに籠りっきりなのを知ってて買ってきてくれたのか。このタイミングでここまで優しくされるとちょっとやばいぞ。
一気に心拍数が上がって、挙動不審にならないように頷くのがやっとな感じだけど意地でありがとうと呟く。俯いてぽそぽそと呟くなんてなんと情けない意地だことか。

「いえいえ。というより、居残りさせてしまってるのはウチのせいですよね、申し訳ありません」

あっという間に仕事モードに切り替わってしまうところが真面目な彼女らしいといえば彼女らしいのだけれど、ちょっと名残惜しい。もう少し素の顔を見ていたかった、なんて僕に言う権利はないのだけれど。

「謝らないでください、僕がうちの製品の問題に対処するのは当然のことですから」
「でも、毎週毎週課題をつきつけてしまって……ワガママばかりですみません」

ますます小さくなっていくのは、あの場でああ仕切るしかないことのやりきれなさの現れなのかもしれない。でも彼女が僕らの仕事ぶりやシステム自体に文句を言ったことがないことくらい、僕は知っている。だから彼女は悪くないし、あの場にいる中堅の皆さんを責める気だってない。自分の不甲斐なさは自分が一番よくわかっている。

「こちらこそ不便な思いさせてすみません。うちのシステムまだまだ機能不足だしバグも多いし。課題を上げてもらえて感謝しているくらいなんです。フィードバックしてもらえると製品もよくなっていくので」
「とんでもないです! あ、でも良くなってることは使っててすごく感じます! すくすくと育っていくなあってずっと思ってました。それが何だかかわいくて愛着が湧くんです」

すくすくと、か。
ちょっと変わった言葉のセンスにもモノへの愛が感じられて、聞いてて心地良い。

「たとえばどういうところがかわいい?」

だから魔が差した。タメ口になってしまったのも食いついてしまったのも。
少し図々しかったかなと不安になったけれど、僕がさっきまで座っていた席の隣の席に腰掛けながら「いっぱいありますよ。そうですねえたとえば……」と話し出してくれたってことは、彼女のほうも乗り気だったと見ていいのかな。

それから彼女は、弊社システムのどういうところが好きで、どういうところが可愛くて、それをつくる僕らがどれだけすごいことをしているのかを、聞いてるこっちが恥ずかしくなるほど、少しクサくて少しセンスのいい言葉を使いながら会議の時とはまるで別人のように感情豊かに語った。

「私、希望出して人事にきたんです。異動までしばらくかかったのでようやく人事になれたときはすごく嬉しくて。各署皆々様のためにこれからがんばるぞーって燃えてました。でも実際には思っていた業務とちょっと違うところもあって……。書類つくって判子おして整理して……そういう「作業」に少し疲れてたんですけど、そしたら半年前に人事システムの入れ替えがありました」

そう。それでうちのシステムが採用されて、僕は5ヶ月前から定例会議に参加することになったのだ。

「そしたら新しいシステムはすごく気が利くんで驚きです! システム変わるだけで残業減るなんて産業革命か!って思いましたよ。ときどきうまく動かないこともあるけれど、それも翌週にはもうなおってて。私も負けずに仕事できるようにならなきゃなあっていつも思うんです」

あ、やばい、それはエンジニアには効果覿面だ。
バグを見つけて「またバグってる」じゃななくて「もうなおってる」と言える人はなかなかいない。つくり手の気持ちを汲んでくれているようで、彼女の優しさを見たような気になってしまう。

「あ、そうそう、そういえばこの前停電がありましたよね。あの日は一段と深まりましたねぇ」
「なにが?」
「シスアイが」

シスアイ、シス愛。ああ、システム愛のことか。

「あの時タイミング悪く給与計算中で、途中でサーバ落ちちゃったせいで不整合データできちゃったみたいなんです。でもそんな障害を幾度となく共に乗り越え深まる愛、吊り橋効果です!」

吊り橋効果はちょっと違う気もするが。
ここで「障害」と言うのがまたツボだ。
障害と不具合バグの違いなんてシステム開発に携わってる人しか知らないはずだけど、きっと彼女は自然とシステムのせいにしないほうを選んだ。その思いやりがありがたい。
……いや、それはさすがに傲慢か。自分がつくったシステムでもないのに、自分はせいぜい不具合を直してる程度なのに。彼女は会社を代表して、会社を代表する僕にそう言っているだけなのに。

「大事につかってくれてありがとう」

彼女の話にひとつひとつ出来る限り丁寧に相槌をうって、最後にそう言った。システムの開発者としても、彼女と僕の距離感的にも、これが僕が今言える最大限。
たった20分くらいのうちに膨らんでしまった愛しさも、僕のコードなんてほんの何万分の1程度しか組み込まれていないシステムへの思い入れも、語れるような距離感ではない。

それなのに。
そんな距離なんて気にもせず、その破壊力なんて知りもせず、僕に一番刺さる言葉を彼女は軽々しく言ってみせた。


こちらこそ私たちの仕事をいつも支えてくれてありがとう、と。


あのね。その言葉は殺し文句なんだよ。
きっとあなたは純粋に感謝を言葉にしただけでそれ以上の意味なんてないのだろうけれど。
誰かにそう言ってもらいたくてエンジニアになった僕には。
そう言われるような仕事がろくにできないでいる僕には。
毎週必死に見栄を張ってきた僕には。
そつなく仕事をこなすあなたの力になりたかった僕には。
あなたに憧れていた僕には。

僕が恋に落ちたあなたには。


満足いくものもつくれないのに浮ついた気持ちだけであの場にいるなんて思われたくないから、本当は一番に伝えたい気持ちを自覚しないように知らぬふりを通してきた。ペットボトルを手渡されたときに触れた細くて柔い手を握りしめたいと思った気持ちを、テンパってるふりして誤魔化してなかったことにした。 だけど、ここまで言ってもらったらもう引き下がれない。火をつけたのはあなただ。

「……その言葉は、まだいらない」
「え、ああ、たしかにまだちょっと早いですね、今夜の仕事が全部片付いてから……」
「そうじゃなくて」

遮る声が大きくなる。

「今はまだ半人前のエンジニアだけれど、いつか必ずあなたが本当にしたかった仕事ができるような環境を、システムを、俺が作ります」

それが僕の目標だから。

「だから、そのときにもう一度さっきの言葉をください」

少し沈黙した。

「そんなの、身勝手です」

ようやく返事が聞こえた頃にはさっきまでの笑顔が消えていて、かすれるほど小さな声で反論されてチクリと胸が痛む。でもわかってる。恋心なんていつだって一方的で身勝手な押し付けだ。

「私の仕事は、あなたがつくってくれているものに支えられているんです。開発者のあなたにお礼や気持ちを伝えられることが嬉しいってわかってもらえませんか。それなのにもうそんな話はするなって言うんですか」

思わぬ方向からの反論。その言葉に特別な意味を期待してもいいのだろうか。

また少し沈黙状態になって、だけどお互いに目を逸らさずに向かい合っているうちに
――ようやく僕の腹が据わった。


「それは、ごめん。俺は誰かの役に立つものをつくりたくて技術者になった。そんで、今、誰の役に立ちたいのかもはっきりした。だから、本当に役に立てたとき、さっきのようにとびっきりの言葉で褒めてほしいと思ったんだ」

「それは間違ってますよ。何度も言うように今だって十分に私の力になってくれていますから。それともうひとつ」

さっきの言葉は、全然私のとびっきりなんかじゃありません。


ああもう。我慢できなくなるようなことを次から次へと。
そんなこと言われたら本当のとびっきりを知りたくなるじゃんか。
とびっきり以外も。全部。
独り占めさせてほしくなるじゃんか。

「そのとびっきりをもらえるためなら死ぬ気でがんばれる。だから、一番近くで俺のこと見ててほしい」

「見守るだけでいいんですか?」

「ときどき助けてもらうかも」

「私のことは?」

「支えるよ。つーか他の男に寄りかかったらだめ」


そこまで話すと彼女が満足気に笑った。
彼女の手をとると彼女もそれに応えて、どちらともなく自然と指が絡まった。

しばらくそのまま寄り添って、次に口を開いたときにはありがとうと声が重なった。


終電ぎりぎりまでそうして過ごして、明日一緒に休日出勤する約束と夜に一緒に食事をする約束をとりつけて、きっと僕は顔を赤くしながら彼女の指切りに応えて、
――そして今夜は今までで一番幸せなクリスマス・イブになった。






この記事はスダ Advent Calendar 2016 17日目の記事として書かせていただきました。スダというのは近頃Twitter上で細々と幅を効かせている@sudarexyzのことでありますが、彼を知らない方にもお楽しみいただけるよう悩んだ末、彼を登場させない仕様に落ち着きました。

今回は出来る限りエンジニアの生々しさ出すことをひとつのテーマに語らせていただきましたが、現職のエンジニアの方々はこれ以上の極上の幸せと苦悩を日々味わいながら仕事をしていることと思います。プロダクトをつくるという目に見えやすい成果の裏に、作り手としてのこだわりやプライド、ユーザーとの接触、時間との戦いなどが詰めこまれているからです。この話を読むことで、そんなエンジニアの思いを少しでも感じ取っていただけたら幸いです。

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